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もっと強く 茨木のり子
もっと強く願っていいのだ
わたしたちは明石の鯛がたべたいと
もっと強く願っていいのだ
わたしたちは幾種類ものジャムが
いつも食卓にあるようにと
もっと強く願っていいのだ
わたしたちは朝日の射すあかるい台所が
ほしいと
すりきれた靴はあっさりとすて
キュッと鳴る新しい靴の感触を
もっとしばしば味いたいと
秋 旅に出たひとがあれば
ウインクで送ってやればいいのだ
なぜだろう
萎縮することが生活なのだと
おもいこんでしまった村と町
家々のひさしは上目づかいのまぶた
おーい 小さな時計屋さん
猫背をのばし あなたは叫んでいいのだ
今年もついに土用の鰻と会わなかったと
おーい 小さな釣り道具屋さん
あなたは叫んでいいのだ
俺はまだ伊勢の海もみていないと
女がほしければ奪うのもいいのだ
男がほしければ奪うのもいいのだ
ああ わたしたちが
もっともっと貪婪にならないかぎり
なにごとも始りはしないのだ
20年以上前にこの詩と出会った。
折に触れて読み返してきた。
何度救われたことか。
昨日の新聞が茨木さんの訃報をしらせた。
お会いしたことはないけど
とても身近な存在だった。
落ち込んだとき、くじけそうになったとき
そこに帰ればホッとできる場所が
茨木のり子さんの詩の世界だった。
凛としたイメージの茨木さん
きっとこれからも俺に元気がなかったら
しっかりしなさいと語りかけてくれるにちがいない。
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