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私が、初めて茨木のり子さんの詩を読んだのは
「自分の感受性くらい」
で、すでに立派な(???)おとなになってからでした。
その時、思い切り
パ―――――――――――ンチ!!!
をくらった気持ちになったのを覚えています。
吹いてくる風の中
風に向かって
顎を少し上げて
口元をきりりと結んで
前をみつめて
背筋を伸ばして
真っ直ぐに立っている
そんなイメージが浮かんで
女性としても、人間としても「こんな風に生きる事ができるのなら」
とあこがれたのも覚えています。
けれども、喉元過ぎれば何とやら…
「のほほ~ん」と「のんべんだらり」と過ぎてゆく毎日…
先日の訃報と「ダイアリー」と「投稿広場」を読んで
改めて、きちんと手に取ってみようか…という気持ちになりました。
小林さんや桜ねこさんにとって
「落ち込んだとき、くじけそうになったときそこに帰ればホッとできる場所」
それが茨木さんの「詩の世界」なのですね。
それにしても、桜ねこさんが「小学生の頃に出会って、惹きこまれて」というのには、驚かされてしまいました。
たとえ私が小学生の頃、この詩を読んでいたとしても「何か」を感じ取ることができたかどうか…
それから、メールをくれたという親友の話(:_;)
とても、いい方なんですね。
でも、きっと、その方にとっても、桜ねこさんは、とてもとても大切な親友なのですね。
“じわじわ~ん”と心に沁みてくる話です。
「ささ」さんの投稿も繰り返し読みました。
「ささ」さんの言葉に、私の心が何か反応しているのを感じます。
「願ってもいいのかなと気持ちがなんかふわっとしました。」
というのは、何かから解き放たれた感じなのでしょうか?
しばらく忘れていた茨木さんについて思い出させてくれた小林さん、桜ねこさん、「ささ」さん
ありがとうございます。
『倚りかからず』に生きていくのは本当に難しい(私はいつも倚りかかっているし)
でも『自分の感受性くらい』自分で守れなければ…
誰かや何かのせいにしてしまうのでなく。
Olive☆
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